若草教会について

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若草教会について、知っていただきたいので、ご説明いたします。

沿  革
 若草教会は、第二次大戦後に生まれた、新しい教会です。
 金沢の旧市街から、犀川を南へ越えた、寺町のはずれに、旧日本陸軍の駐屯地がありました。現在の平和町です。戦後、外地などから引き上げてきた人々が、その兵舎跡に住みつきました。そこにいた子どもたちの状態に、心を痛めたキリスト者の青年たちが、子どもたちのために、平和町保育所で、土曜学校を始めました。
 これが、若草教会の源流となりました。
 子どもたちから始まった教会です。ですから今も、おおぜいの子どもたちが集まっています。

創  立
 土曜学校が始まったのが、1947(昭和22)年、初夏のことでした。
 翌年には、おとなのための礼拝が、毎週、月曜日におこなわれるようになりました。
 1950(昭和25)年6月に、母教会である殿町教会(現在の金沢元町教会)から10名が加わり、平和町伝道所が発足しました。
 1952(昭和27)年8月3日には、23名の教会員を数え、第二種教会「平和町教会」となりました。
 1955(昭和30)に現在地の若草町に移転し、金沢教会の十一屋伝道所と合併、翌年には初代の加藤常昭、加藤さゆり牧師を迎えました。さらに1957(昭和32)年6月16日に、第一種教会「若草教会」となり、現在にいたっています。


歴代牧師
 初 代  加藤 常昭、加藤 さゆり  1956〜1961年  
 第二代  森野 善右衛門  1961〜1966年 
 第三代  井上 良彦  1966〜1984年 
 第四代  上田 光正  1979〜1984年 
 第五代  小出  望  1985〜1988年
 第六代  楠本 史郎  1988〜2007年  
第七代  勇   文人  2007〜

特  徴
    シックで落ち着いた礼拝堂
  若草教会の会堂は、1891(明治24)年に、昔の日本基督教会金沢教会の礼拝堂として、建てられました。今の香林坊、大和デパートのとなりにありました。それを、1955(昭和30)年に、現在地へ移築し、若草教会礼拝堂としました。北陸で、もっとも古い西洋建築の一つです。また北陸のキリスト教にとって、記念碑のような存在になっています。1993年に、全面的に改修をして、内装や設備を一新しました。

    じつは、新らしもの好き?
  新しい『新共同訳聖書』という聖書を、1990年度から、いち早く採用しました。また賛美歌も、1997年4月から『讃美歌21』という新しいものに変えました。
  若草教会は、改革派という、教会の伝統に立っています。つねに聖書の御言葉にしたがって改革されて続けていく教会、という意味です。その伝統に忠実と言うべきでしょうか。

    1時間で終わる礼拝
  賛美歌を歌うテンポが生き生きとしていて、軽快です。いきおい説教も短くなります。礼拝を軽んじているのではなく、主の御言葉のリズムに生かされ、元気よく、この世に出て行く、そんな感じです。

    元気のよい子どもたち
  子どもたちも負けてはいません。教会学校で、活発にまなんでいます。母の日、運動会、花の日、夏期学校、収穫感謝の焼きそば会、クリスマス、イースターと、大活躍です。礼拝のとき、ちょっと騒いじゃうこともあるけれど。

    特徴的なオルガンのある教会
  1997年3月に、教会の伝道開始50周年を記念して、新しいオルガンが入りました。イギリス、ウォーカー社製のもので、9ストップ、2段の手鍵盤とペダル(足鍵盤)を備えています。オルガニストが、毎日、けんめいに練習をして、礼拝にそなえています。
  またかつて使用していた、米国メイソン アンド ハムリン社製のリードオルガンも、120年近い時間を経て、なお現役で使われています。心なぐさめられる、やさしい音色が魅力です。

    広く明るい墓苑
  1986年6月に、伝道開始40周年を記念して、野田山の上に教会の墓苑が完成しました。50坪もの広くて、明るい敷地に、今、24名の人々が眠っています。教会が責任をもって、管理しています。2001年9月に、全面的に改修し、墓地公園のようになりました。

   いろいろな人たちがいる教会です。あなたも、いらしてみませんか。

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